2015年5月24日日曜日
過去を認識した上での、過去を鏡とした上での未来志向を
5月20日の党首討論で日本共産党の質問に対して答えていないとニュースで感じた安倍首相の答弁。戦後の歩みや村山元首相らの談話について触れるも第二次世界大戦については触れずじまいの感じなのです。ドイツの取り組みと全く違うという感じを受けました。
あの戦争はソロバン勘定もできない思い込みによる戦争ですよ。日本国民に苦難を強い、諸国民にも多大な苦難を与えた戦争です。歴史を少しほじくるだけでぞろぞろ出てきますが、「くさいものに蓋」しきで目をそらすととんでもないことがおこりますよ。
「ソロバン勘定ができない」というのは原発事故でも再現されました。「起こらないだろう」という思い込みで運転員に安全装置等の訓練をしていなかったみたいだし、あの開戦時や敗戦時などずるずるの決断遅れは原発事故でも再現されましたね。炉心溶融と海水注入による廃炉のソロバン勘定ができなかったのではと思っています。
海外からとやかく言われる前におこなうべき「歴史の検証」をしなかった。そして、教訓を導き出してこなかった結果の一つが原発事故ですよ。
開戦時の日本軍の技術水準は高かったと思いますが、それを活用できなかった軍部上層部、だから玉砕頻発ね。玉砕頻発とブラック企業のどこが違うのかな。無駄死にさせている点では同じですよ。
過去のしがらみから抜け出すことなく継続してのじり貧、抜け出そうとする者を非国民呼ばわりして排除していった日本。これとどうようなのが今日の日本でも出てきています。日本的報道管制ね。過去の汚点から目をそらすためにね。
近隣諸国民は1000年たってもあの戦争時のことは忘れないと思います。パレスチナ人は「十時軍に先祖が殺された」と語り継がれています。これはNHKスペシャルで見ましたよ。
ドイツの元大統領の演説「荒れ野の40年」にある「過去に目を閉ざす者は未来も見えなくなる」ということが今の日本でよく起こっています。
過去と向き合いましょう。特に日本にとって都合の悪いこととね。膿を出すことで未来が見えてきますよ。
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2015年5月18日月曜日
闘病記(視床出血) 左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して) No144
コレステロールについての知見が蓄積されてきています。 脳卒中だけの疾患で意識が回復すれば動作不全とかはリハビリ等が適切であれば回復すると考えています。 脳卒中発症直後の麻痺状態の体にどのような思いを抱いているのか。力の入らないぐにゃぐにゃの体ですよね。 脳卒中発症後どのくらいで麻痺の現実を受け入れることができ、リハビリに取り組めるようになるのか。 「子育ては学習してから」というのと同様に「リハビリは学習が必要」ですよね。 「脳卒中リハビリ教室」の開催を。 片麻痺の階段昇降についての一考察。
5月11日(月)、コレステロールについての知見が蓄積されてきています。コレステロールは肝臓では作ることができるが肝臓以外の各細胞で作ることができない生体膜(細胞膜など)の成分であるとかで細胞に必要な成分を各細胞に運搬する物質です。それが「少なければ少ない方がよい」という医療の現状が不思議でした。研究者の間では徐々にこの考え(不思議と思う方ね)が広まったのかどうかはしらないですが、「米国発、新コレステロールガイドライン(2013年版)の衝撃」というような形で公表されています。元々全ての人の体内に存在している物質が「少なければ少ない方がよい」ということは絶対にないと考えられるのにね。「米国発、新コレステロールガイドライン(2013年版)の衝撃」で検索して読んでみてね。この中に「スタチンと糖尿病の関係」も出ています。生命科学により判明した作用機序についてもね。話がずれますが、一型糖尿病は当初は遺伝病と言われていましたが、次が自己免疫疾患となり、今は遺伝病の範疇ですがウイルス疾患、その昔に感染してDNAに組み込まれしまったウイルスの発現による疾患であるとね。生命科学の進歩で発症原因がより解明された例です。生命科学が進歩をしてもコレステロールが人体にとって不要物であるという知見は全くないのです。「少なければ少ないほどよい」という根拠は全くないことにね。そして、高齢になるほどというかそうでもないかもしれないですが、コレステロールが高い方が長寿であるとか死亡率が低いとかという研究成果も多数出ているというのです。極端にコレステロールが多いとか家族性高脂血症は別ね。ほかの全ての栄養素とかも超過剰はよくないですが、普通に体内で作られている成分をどうして減らす必要があるのかとね。コレステロールのことがあって主治医を変えたのです。院内処方は結局は多剤投与になって医薬品で体を壊すだけであるとね。費用も結局は多額になるとね。「医薬品は少なければ少ない方がよい」というのはいつの時代も正しいことです。必要最小限ね。医薬品は薬効と副作用とのバランスと使用による利益を天秤にかけています。医薬品は使わずにすむのなら使わない方がよい物質です。そうそう、人種や民族が違っても遺伝子は同じレベルだよ。だから、混血児に問題が起きないのですよ。『常套文句にだまされないようにね、「人種が違う」「民族が違う」』。
5月12日(火)、脳卒中だけの疾患ですと意識が回復すれば動作不全とかはリハビリ等が適切であれば回復すると考えています。理由は脳以外の部分に問題はないのです。不適切リハビリ等によって問題が引き起こされて動作不全等が固定化されているのですよ。ただ、高次脳機能障害などの四肢以外での障害についても原理的には回復するであろうと思いますが、その必要となる時間が長くなって寿命の方が早くなる場合が四肢より多いと思います。それと、「回復」をどのような程度でとらえるのかということもありますしね。脳卒中だけでほかの患者さんより軽症というような場合は適切適度なリハビリであれば回復しますよ。でもね、この「適切適度なリハビリ動作」というのがくせ者でしょうね。多くの方が「筋トレ等を多数回でより強い強度でおこなうのがよい」との素人判断されて問題を引き起こしているようなのです。リハビリ病院等でも隠れてこそこそと不適切リハビリに走っている方が結構いるようなのです。対局が諦めの境地かな。中間の適切適度なリハビリの方が少ないように感じているのです。ただ、適切適度でどのぐらいの期間で回復するかは神様に聞いてね。これは脳での修復にかかっていますので各自それぞれですかな。そのときまで辛抱強く適切適度なリハビリをね。その後も辛抱強く適切適度なリハビリね。これが本当の頑張りね。適切適度なリハビリですよ。脳卒中での損傷具合や年齢等にとっては回復していても回復が感じられるより寿命の方が早くなる場合もあると思います。適切適度なリハビリで筋緊張亢進や痙縮や拘縮等でなければ筋力補助装置も使えるようになると考えます。また、脳の再生医療の対象にもなっていくと考えられますが、筋緊張亢進や痙縮や拘縮では再生医療は無理ですかな。特に拘縮ではね。
5月13日(水)、脳卒中発症直後の麻痺状態の体にどのような思いを抱いているのか。力の入らないぐにゃぐにゃの体ですよね。体幹を支えているのは腹筋や背筋などの筋肉群です。脳卒中になると脳からの適切な指令がこれらの筋肉にも届かなくなるのです。当然、四肢などの筋肉群にもね。四肢の骨は結構長い骨が使われていますが、関節部で曲げ伸ばしをしているのが筋肉なのです。ここも脳からの指令が来なくなるのが脳卒中ね。背骨は脊椎骨を積み重ねて筋肉で支えているだけなのです。脳卒中ではぐにゃぐにゃになって普通だと思います。ぐにゃぐにゃにならないというのは痙縮や拘縮状態ですから、すでに「リハビリ無理」の状態ですよ。脳からの指令が適切に出せるようになるまでは適切適度にリハビリを続けるほかはないと思うのです。脳卒中発症直後のグニャグニャ状態はそれはそれで順当だと思ってリハビリに打ち込んできた私はリハビリ病院で「奇跡的回復」といわれたのです。リハビリができるのは筋肉が柔軟で関節の可動域が確保されていることが必要です。四肢や体幹などについてはね。高次脳機能障害やその他についてはわからないです。専門のセラピストさんとかに聞いてね。
5月14日(木)、脳卒中発症後どのくらいで麻痺の現実を受け入れることができ、リハビリに取り組めるようになるのか。どのようなリハビリを適切適度と感じているのだろうか。私の場合は視床出血の影響で徐々にというても数分で左半身が麻痺しました。そのときから「リハビリで復活するぞ」と思ったわけです。脳で問題があって手足等が動かなくなったのです。「回復しない」などというのは出てこなかったです。でも、麻痺よりやばい「三途の川渡り」をしてしまう途中までいったようですけどね。それと、「可動域の確保」ですよね。そのためには[筋肉を固めない.関節を錆び付かせない。」が適切とね。そのうち、脳での神経細胞のつなぎ替えが起これば動かせるようになるとね。でも、実際はつなぎ替えの起こる前に動かせたけどね。ただ、動かせるだけね。どうも、皆さんの多くがブログ等で感じるのは救急病院入院中は麻痺を受けいられていない感じです。さらにはリハビリ病院でもね。中には退院後もね。適切適度のリハビリができないというのは「麻痺を受け入れることができなかった」という証拠ではとも思うのです。医師も医師ですよ、よく脳卒中だけで「・・は諦めてください」とか断言しているものね。脳卒中だけですと、適切適度なリハビリをしていたら動かせるようにとかなりますよ。時期は神様に聞いてね。障害の程度によっては寿命の方が早かったりとですがね。適切適度なリハビリをしていたら筋力補助装置や再生医療の対象になると思います。特に拘縮は対象外でしょうね。筋緊張亢進や痙縮や拘縮になっていくようなリハビリは過剰で不適切ね。廃用症候群の方はもっと積極的にリハビリをかな。神経細胞のつなぎ替えも適切適度なリハビリ動作をしている方が早くなるようです。過剰におこなうと一部のシナプス接続の不適切増強で、不足したりするとシナプスが離れますよ。悪い動作パターンの手続き記憶を形成してしまうと修正が難しいですよ。健常者でもお箸の使い方が悪い場合などに見られますよ。
5月15日(金)、「子育ては学習してから」というのと同様に「リハビリは学習が必要」ですよね。子育てでの虐待報道が徐々に増加しているように思っています。虐待に至る理由に「躾のため」とかいうのも多いですよね。でもね、躾とはどのようなことなのかは学習して始めて判ることです。乳児の不適切取り扱いもね。乳児の不適切取り扱いは学習でのみ防止できる可能性が高くなります。躾でもですが、どうしても自身の育てられた時の経験もあって、より学習の度合いが高い行為かもとね。普通、脳卒中患者やその家族は人体について、リハビリに真に役に立つ人体については知識がないのが普通です。中には医師でもその知識がないのがいるようです。それが、過剰リハビリで拘縮とかになればボトックス療法でというリハビリ病院まである状態です。不適切リハビリの結果起こる拘縮などを緩めるのにボトックス療法が使われるのですよ。脳卒中リハビリで「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」は基本の基本ですよ。この重要性について学習する必要があるのではと考えます。ボトックス療法はリハビリでの助け船と思いますが、この療法が必要になるようなリハビリに問題があるのです。ボトックスの原理の勉強もしてね。ボツリヌス菌毒素の作用機序ね。
5月16日(土)、「脳卒中リハビリ教室」の開催を。昨日の続きね。ところで、妊娠したら検診と母親教室、育児教室等がありますね。これは妊娠、出産、子育ては学習しておく方が圧倒的によいからです。脳卒中リハビリとほかの病気との違いは自然治癒力以外の要素の多少でしょうか。リハビリは患者にとっては医療による治癒というより自然治癒力の方になるのですが、患者が動作等をすることによります。が、患者自身による能動的に適切適度なリハビリ動作というのが必要なのです。様子見(実質放置)ですと廃用症候群で、過剰ですと筋緊張亢進→痙縮→拘縮のパターンになってしまうので発症当初から機会を捉えての「リハビリ教室」が必要と考えるのです。そして、患者の家族等にも必要です。「頑張れ」とか健常者的発想での動作の強要等で悪化させる恐れがあるからですし、逆に過保護による廃用症候群の促進の可能性もあるからです。適切適度なリハビリというのが難しいからですよ。医師にも判っていないのがいますからね。進化した動物ほど学習というのが大切なのですが、暗記だけの学習は役立たずかな。「文」、学習による入力ね。「武」、学習したことを実践することかな。ついでに「文」の検証込みかな。それで「文武両道」ね。検証なしの「武」はハンドル・ブレーキが壊れた自動車みたいなものですよ。
5月17日(日)、片麻痺の階段昇降についての一考察。間脳視床出血で意識不明にもなったのですが、発症当初に鼻づまりでベッドで寝た状態で頭側を少しあげただけで頭を下にしてベッドからぶら下がってしまいました。もう少しで頸椎損傷かな。このお陰で意識が戻ってきて尿管がとれたら車いすに一日中座ることができたのです。上半身を直立させたら鼻が詰まらないからね。ベッドからぶら下がられるより病院も安心だしね。そのときの車いすの座り方が「背筋を伸ばして腰直角程度、膝直角程度、足首直角程度」で座っていたのです。ベッド上では伸ばしてる状態ね。これで、曲げ伸ばしね。上半身直立効果もあってリハビリが進みやすくなったみたいです。さらに車いす両足ちょこちょこ歩行の成果か階段昇降はリハビリ病院転院後半月ほどで始めてくれました。まずは健常足活用の両足で一段ずつね。登りでは健常足を上段に乗せて体を持ち上げるタイプね。このときから1ヶ月以上してからかな。麻痺足でも体を持ち上げたりする健常者タイプを指導してもらいました。麻痺足も股関節や膝関節、足首関節を適切に使うことができるということでの指導でした。「階段昇降も歩行も股関節や膝関節、足首関節を適切に使う」ということができるようにリハビリをするべきですよ。筋力の以前に可動域の確保ということですよ。
2015年5月17日日曜日
原因と結果の関係について
普通に思う場合は「原因」があって、それによって「結果」が出てくるのですよね。
ところが、世間では往々にして逆転している考えにとりつかれている方が結構多数いると思うのです。あるいは「結果」の方だけを見て「原因」を考えないようにしている方も多いのではとね。
明治の元勲たちが苦心して作った大日本帝国憲法を骨抜き(都合よく勝手な解釈で)にして大日本帝国を破滅へと導かれたのですよ。明治以来苦心して作り上げた国家を後先を見ない愚策で潰したのですよ。天皇陛下には死まで覚悟させてね。そして、改定されてできたのが今の日本国憲法ね。
連合国に気兼ねしながらの改定ね。その状態にしたのはほかならぬ日本でした。
「大日本帝国憲法を日本国憲法に改定した」というのは結果であって、なぜ改定せざるおえないような事態になったのかが「原因」の方かな。「押しつけられた」とかだけいうのは「原因」を無視しているのですよ。
「原因」と「その対策」を常にまじめに向き合ってこなかったのが日本なのです。
ですから、同じような要因による失敗がぞろぞろ出ている日本。庶民の頑張りで持ちこたえている日本。
『「原因」と「その対策」』を考えないから、結果にだけ無意味に反応して問題を深刻化させているのですよ。
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2015年5月11日月曜日
闘病記(視床出血) 左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して) No143
ギャルに人気の細足美脚を維持するために日々の運動ね。 先月、久しぶりに歯医者に行ってきました PT・OTリハビリでのマッサージについて思うことね。 リハビリでの「依存型」と「要求型」と「自立型」と「無茶型」と「諦め型」について思うことね。 リハビリでの成果の感じ方による気持ちの違いについての考察ね。 「痙縮や拘縮は一日にしてならず」ですが、「内反や尖足や棒足、握々お手々や屈曲腕も一日にしてはならず」ですよね。 「見える障害」と「見えない障害」についてね。
5月4日(月)、先週投稿の「日々の運動」の続編ね。ギャルに人気の細足美脚を維持するために日々の運動ね。7年ほど前の夏のあるとき、「クオーターパンツにナマ足」でうろうろしていたら「足きれい!!!!」というギャルの声が聞こえてきたのです。健康的で若々しい美肌の足ですよ、今もね。そのときから数年、夏場にはクオーターパンツで過ごす時を作っていましたが、入院中にクオーターパンツが行方不明になってしまっていました。誰が行方不明にしたかは見当がついています。男性用クロスウオーカーは残っていました。こっちはウエスト引き締め用で肌着扱いね。1週間に1日6000歩以上で5日以上で効果があるということね。もう少し回復したら穿きたいです。女性用はヒップアップとウエスト引き締め効果ありね。「夏場のギャルのショートパンツ姿がうらやましい」というのは、「私も生足で細足美脚を見せびらかしたい」ということができないということへのいらだちね。ほかの部分はある程度年齢相応ですが足だけね。このアンバランスが受けるのでしょうか。それと、あの年齢になっても細足美脚でいたいというギャルの願望に火をつけるからかな。皮膚を若々しく保つ必要があるのですが、これも適切適度な運動と適切で適度な栄養バランスの食事が必要ですね。細足維持(病的ではないですよ。健康的にだよ。)も美肌維持もリハビリと通ずるところがあるように思います。ギャルの足を見て「勝った」とか「負けた」とか「勝負なし」とか勝手に思っているおじさんです。男は眼中にないですよ。それと、紫外線はお肌に悪いので日傘男子です。
5月5日(火)、先月、久しぶりに歯医者に行ってきました。前歯の一部が欠けてしまってね。やはり、先々月に投稿しました左側の歯の違和感のあった部分は「穴」があるといわれて、どちらも修繕しました。そのとき、歯医者治療の定番「歯を削る」というのがありました。前歯も左側でしたが、痛みを感じることない程度だと思っていたとおりでした。奥歯の方は怖かったですね。感覚がどのように戻ってきているのかが確認できていないからでした。少し削る程度でしたが、やはり、痛みを感じましたが、発症前と比べてどの程度なのでしょうね。「過敏」あるいは「鈍感」あるいは「ぼちぼち」なのでしょうか。どちらも1回で修復完了しました。今、思うに奥歯は自宅調理の食事中だったと思いますが、堅いものは食べていないしね。前歯は歯磨き中ね。ひょっとして使い切る直前の絞り出し状態のチューブの練歯磨きに歯のかけらが混じっていたのかな。
5月6日(水)、PT・OTリハビリでのマッサージについて思うことね。私の考える脳卒中リハビリの最低条件は『「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」で「関節等での可動域の確保」』です。外力ででも関節等が無理なく稼働できていたら、筋力補助装置も使えるし、脳の再生医療にも対応できるはずです。関節が錆び付き、筋肉が固まってしまうと筋力補助とか再生医療も夢物語になると考えています。どう転んでも「筋肉を固めない。」ということのためにはセラピストさんによるマッサージが必須と考えるのです。マッサージをおこないながらリハビリの手順や強度がでてくると考えています。「動かなくなったらボトックスで」というリハビリは手間暇だけがかかって効果はないと考えています。ボトックス療法をしている間は実質リハビリはお休みではとね。私がデイサービスを早々にやめた理由は「マッサージがない」ということが大きかったです。セラピストさんにマッサージで筋肉の状態を調べてもらうというのはリハビリでは非常に重要なことだと考えています。ともかく、楽に四肢が動かせたら脳での修復が進むにつれてリハビリも本当に進みますからね。痙縮状態や拘縮状態とかですと脳での修復も遅れると考えています。我々脳卒中だけの者の麻痺原因は脳だけですよ。動作不全や感覚麻痺は脳での障害によります。お間違いなくね。脳が体を適切に支配できなくなったのですから、健常者と同じことはできませんよ。お間違いなくね。
5月7日(木)、リハビリでの「依存型」と「要求型」と「自立型」と「無茶型」と「諦め型」について思うことね。これ以外の「・・型」もあると思いますけどね。普通の医療でもあることですけどね。「依存型」とは、思うにあてがわれたまま意味も考えずに黙々とリハビリをするだけかな。その場のみね。「要求型」とは思うに自身の考えていることを主張するタイプかな。でも、主張が理にかなっていなかったら問題かもね。「自立型」というのは思うにセラピストさんとリハビリについて認識があまり違うこともなく適切適度な自主リハもこなせるタイプかな。「無茶型」というのが案外目立っているブログ村の脳卒中カテゴリーかな。健常者的発想でセラピストさんが制止するのも聞かずかな。「諦め型」はリハビリの時間は苦痛のみでしょうかな。もう治らないと諦めているのですからね。でもね、各人、結構いろいろなタイプを渡り歩いているみたいです。感じとしては短期間の「諦め型」から「無茶型」に、そして「依存型」かな。でもね、「諦め型」→「無茶型」で、次に→「依存型」にでも変わったらよいですが、「無茶型」で頑張っている方もおられるようなので結果(末路)が気になっています。「自立型」になれたら一番よいかな。
5月8日(金)、リハビリでの成果の感じ方による気持ちの違いについての考察ね。もっともなにをもって「成果」とするのかという問題もあります。私にとっては間脳視床出血でしたから「動かせるようになって当たり前」ということですが、いつ頃かについては発症当時は「わからない」と思っていましたから、動かせるようになったときは「動かせた」と思った程度かな。でも、筋力の必要なトレーニング、緊張を伴うトレーニングはしようとは全く思いませんでした。この判断が正解だったと後の勉強でわかってくるのでしたがね。ただ、「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。可動域の確保」には取り組み続けましたよ。車いす両足ちょこちょこ歩行みたいなのもしていましたが、筋力を使わないトレーニングですかな。緊張感もなかったしね。なにかができるというわけではないですよね。時々投稿しているラジオ体操的動作ができるというのもなにか生活動作とは直結しない感じですよね。私は「楽に動かすことができる」ということを最重要視しています。そうすると、そばから見ると凄く回復しているように感じるかもと思います。何かの生活動作とかへのリハビリとなると、感覚麻痺では筋緊張亢進→痙縮→拘縮と進みやすいですね。動作で緊張度が高くなるからですよ。そうすると動作がぎこちなくなったり、可動域に制限が出てきたりしやすいですからね。で、私の動作を見ると「回復が進んでいる」と感じることになるのかな。楽に可動域を確保しての動作の方が将来的には早くなって「軽かったのでしょう」とみられる可能性が高いとは思います。これは、楽に動かせる方が脳での神経細胞間のつなぎ替えが早くなると考えるからです。動きが鈍くなったり、拘縮などで動かせなくなるとつなぎ替えが起こらなくなるのではとね。筋肉の緊張度が高い方が回復しているように感じている方にとっては筋緊張亢進→痙縮→拘縮と進んでニッチも察知のいかなくなって気がついたときには私みたいなのは「軽かった」のでしょうね。脳卒中で「症状が軽い」「症状が重い」とかいうこともリハビリでは影響しますが、「自分にとって順調にリハビリができているのか」ということであって「隣の芝生は青い」的になると回復するものも回復しなくなるのではとね。
5月9日(土)、「痙縮や拘縮は一日にしてならず」ですが、「内反や尖足や棒足、握々お手々や屈曲腕も一日にしてはならず」ですよね。非常に徐々に変化してなっていくはずです。脳卒中での動作不全や感覚麻痺などは短時間で起こりますけどね。こっちのじわじわは怖いですからね。その点の違いについての認識不足というのがあるのではともね。変化が緩慢であることで気がつきにくくなってしまうのです。よい方への変化も悪い方の変化にもね。ですから、1ヶ月前、2ヶ月前、・・、1年前とかをしっかりと記憶にとどめておくことが必要かとね。また、体を俯瞰的に見ることも必要ですし、局所的に見ることも必要ですね。だから、セラピストさんに継続的に見てもらう方がよいと思うのです。徐々に筋緊張亢進→痙縮→拘縮と進んで屈曲腕や握々お手々や棒足等ができあがるのですから早めに気づくことが大切ですよね。
5月10日(日)、「見える障害」と「見えない障害」についてね。脳卒中での障害でもこの両方が考えられますよね。脳卒中では四肢等に現れる障害と高次脳機能や嚥下等に代表される障害ね。でも、これらは適切適度なリハビリをおこなっていたら同じような感じで「見える障害」であり、「見えない障害」でもあると考えています。でも、高次脳機能障害等の方がリハビリが難しいことが多いと思うので「見える障害」の期間が長くなるかも。四肢等の方ですと適切適度なリハビリをしていたら、私程度(間脳視床出血で意識不明)でも一見しただけでは判らないようにすることもできる場合がありますよ。屈曲腕や握々お手々や棒足とかになっていないこと、歩行が健常者風であることなどです。腕や指や足でのラジオ体操的動作はできても、小銭を扱うとかなるとぎこちなさが丸見えにね。焼きたてパン屋さんのトレイに乗せての購入はしたことがないか、店員さんに手伝ってもらってね。外観見た目では普通に見られる程度にはできたのですが、感覚神経の多い腕関係で「見える障害」を生活動作でばれています。が、この状態でも気がつかない方もいます。母親の前ではばれないように手順を考えて動作しています。発症後6ヶ月ほどして会ったときから年に2~3回ほど会っていますが、ばれていないです。脳卒中での障害があるということを知られたくないのが母親です。健常者風を目指す2番目の理由ね。1番の理由は健常者風がいろいろな動作で楽であり、リハビリでの回復の進みが早いと考えているからですし、実際、楽で早いですよ。最近、ほかの方の投稿に「頑張る」ばかりではよくないというのを見かけました。ようやくね。「セラピストさんと相談しながら適切適度な頑張りを」ということでした。
2015年5月10日日曜日
どうして歴史で「ごまかし」が必要なのか
どうして「ごまかし」が絶えないのか。犯罪でもあるかもと思いますが、歴史ですと、後の世代に多大な迷惑が及ぶわけです。
たとえば、日露戦争での旅順攻撃は203高地の方になってようやく戦いかな。でも、それ以前の近代要塞正面突撃というアホな作戦ですね。このお陰で多数の将兵が死傷し、戦艦も2隻ほど機雷で沈没しています。これをごまかすために旅順港封鎖作戦での特攻や爆弾三勇士などを持ち上げたのですかな。確かにそのような状況であったのですが、初期作戦の失敗で必要性が生じた攻撃ですよ。
その初期作戦の失敗については箝口令に近いかな。ともかく「触れない」ね。そして、突撃の帝国陸軍が神話化されていくのですよ。ノモンハン事件での大敗は箝口令ね。伝統かな。原発事故もかな。日韓併合以降朝鮮半島や中国でおこなってきたことの黙り部分の多いこと、満州事変に至る追認行動等、後先を考えない政策でについての検証のないことなどね。
日本国憲法を「押しつけられた」という一部勢力もありますが、大日本帝国憲法を破壊するような戦争にのめり込んで、アメリカの誘いにたやすく乗ってしまった当時の陸海軍の首脳陣の行動についての検証とかがないのです。あのとき、アメリカはドイツと戦いたかったのですが、第一次世界大戦の後遺症で国民が戦争反対優勢でしたよね。それで、・・で真珠湾攻撃にね。まあ、アメリカも黙りみたいなタイミングですね。アメリカは「リメンバー パールハーバー」で一気に戦争にね。
とかとかで、個人では失敗をすることが続くみたいなことはあると思いますが、政府とか行政では「同じタイプの失敗は繰り返さない」でいろいろな事例でのごまかしのない検証が必要ですが、できないからごまかしが必要なのでしょうね。
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2015年5月4日月曜日
闘病記(視床出血) 左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して) No142
脳卒中発症後の麻痺側のしびれについてね。 脳卒中リハビリで大切なことに体のどの部分も優先順位がないということです。 発症後しばらくしてから今も時々頭に浮かぶ不届きなこと 「片麻痺者の麻痺足での片足立ち」についてね 日々の運動はリハビリというより 脳卒中の再生医療についての不届きな考えね 脳卒中での四肢リハビリはどのようにする方がよいのかな
4月27日(月)、脳卒中発症後の麻痺側の痺れについてね。感覚神経の多い手の方がよく痺れています。足はそれほどでもないです。顔とかもですが、顔では一時範囲が狭まっていったので、終わってくれるのかなと思ったら、再拡張してくれたりです。また、少し狭くなっています。痺れ方も少し穏やかにね。救急病院で聞いた話やあるサイトで見つけた投稿ですと、「脳卒中損傷部分で神経細胞のつなぎ替えが起こってくると痺れる」というものね。再生作業中には痺れるということね。再生を促進するために適切適度なリハビリ動作はもちろんですが、栄養にも注意しています。つなぎ替えに必要な栄養素は第一が脂質であると考えています。次がタンパク質でエネルギーはグルコース必須ね。ですから、子供の脳の成長にはDHAというのがありますが、DHAは脂質なのです。必須不飽和脂肪酸なのです。リノレン酸(これも必須不飽和脂肪酸)でもよいです。リノール酸(これも必須不飽和脂肪酸)は納豆から摂取しています。DHAは青魚の油ね。この二つを継続的に摂取しているので痺れが収まらないのかな。痺れについてはこのような考えもありますので参考にしてみてね。刺激を与えるだけでは脂質のパイプである樹状突起等は伸びないのではとね。脳は脂質の割合が高い臓器ですよ。ただ、げとげとの飽和脂肪酸による脂肪の塊ではないですよ。油ぶくれの脂肪細胞ではないのです。飽和脂肪酸は肝臓で作り放題、脂肪肝のもとね。脂肪細胞でも作り放題、肥満のもとですよ。痺れを感じないというのは脳でのつなぎ替えがほとんど起こっていないのかもね。という痺れについての説でした。
4月28日(火)、脳卒中リハビリで大切なことに体のどの部分も優先順位がないということです。廃用症候群は体の全ての部分で一斉に徐々に起こりますからね。それと、全身筋膜というのに包まれているようですから、他の部分の過剰リハビリとかの影響が及ぶようです。ある方の過去の投稿によりますと、「右腕が大丈夫だったから歩行には両足を使うからと足のリハビリばかりに励んでいたら、麻痺腕が動かなくなってしまった」とあったのです。これはリハビリをしないことによる廃用症候群の可能性もありますが、当時はリハビリ病院入院中だったと投稿にあったので足の過剰によるとばっちりかなと思ったりします。ただ、忘れ去られた部位はほかが適切適度でも時間をかけて廃用症候群にむしばまれますよ。ですから、複数の分野のセラピストさんに定期的に見てもらった方がよいのではと思っているこの頃です。が、リハビリがより楽しくなるようなセラピストさんがよいのに決まっています。マッサージ指の確かなセラピストさんと我々が感じることのできるセラピストさんね。優先順位は体の部位ではつけることはできないでしょうが、動かせるようになるとかについては発症部位の状況等によって変わってきますのでよく相談してね。廃用症候群とかを防止するのは全身が対象ですが、動かさせてみようとかという部位は各自それぞれね。
4月29日(水)、発症後しばらくしてから今も時々頭に浮かぶことに「意識不明になったときにそのまま死んでいたら苦しみとか全くなかったのに」という不遜な思いです。痛みも全くなしでした。手足とかが動かなくなっていったのはリハビリで動くようにすればよいと思っていましたらね。三途の川で溺れ生きしてきた後は片麻痺を苦しむということもなく、回復していくのが楽しかったですし、今もね。冗談で「自殺」を使ったのはリハビリ病院入院中にSTの打ち切り話が出たときにね。結局は時間短縮して継続されましたので自殺実行には至りませんでした。リハビリって楽しいですよね。笑い声であふれていたPT、OT、STですよね。今の訪問リハビリもね。ですから、リハビリ的動作とかが適切適度にできるようになったら、足に感じていた焦りなどはどこかに消えていきました。適切適度なリハビリを続けていたら時間が解決してくれますからね。このような気楽な考えでリハビリ病院では「奇跡的回復」といわれたのでした。焦っても仕方がないのがリハビリなのです。その時々の適切で適度な頻度には相当幅があるようですが、強すぎたり、弱すぎたり、少なすぎたり、超えてしまったりする方が多いみたいにも感じています。こう思うようになった理由は「なぜ、私程度で奇跡的なの」です。ぼちぼちの回復程度と思っているのにね。
4月30日(木)、「片麻痺者の麻痺足での片足立ち」についてね。救急病院入院中にトイレに連れて行ってもらってつかまり立ちをさせてもらっていたときに急に力?が抜けて床に落ちてしまいました。両足で立ってたときでした。掴まり立ちだよ。起き上がるのに看護師さんが四苦八苦していました。私も健常腕で手すりとかを持って健常足で・・とかできずに持ち上げて立たせてもらいました。その後はトイレでの掴まり立ちで問題は起こしていません。PTの歩行練習では健常側依存状態だったかな。それでも、セラピストさんが「・・できそう」と平行棒での歩行距離を徐々に伸ばしてくれました。そして、杖歩行も救急病院入院中に始めてくれました。当然、車いす両足ちょこちょこ歩行もね。リハビリ病院転院後も当初は健常側依存だったと思います。徐々に麻痺側に体重乗せと健常者風への移行リハビリでした。3年前の4月下旬に一時帰宅に備えて「床からの立ち上がり」指導をしてくれたときに麻痺足に体重を乗せて健常足を素早く動かして立ち上がる「正座(このときは正座ではないよ)からのお手つき版立ち上がり」みたいなのを教えてくれたときに「麻痺足って結構力強い」と思ったものです。PTの開始待ちの時に麻痺足で掴まり状態での屈伸をぼちぼちの回数ね。当然、その後、直ぐのマッサージね。片足立ちはいつ頃試してみたのか。先日、片足立ちの投稿があったので試してみたら、支えが全くない場合は短いでした。2秒は何とかかな。10秒はだめでした。ところが、健常側の指を壁とかなどのどこかに触れさせて試すと、意外ともちました。10秒はできるというのは確認できました。小脳での筋力微調整が十分できていない今の状況では上出来かな。筋紡錘と腱ゴルジ装置の筋肉系感覚情報と内耳の前庭や半規管の平衡覚感覚器官の感覚情報とをまだ大脳と小脳に視床の問題で全部は送られいないみたいです。無理して挑戦するものではないですからね。また、数ヶ月後ぐらいに試してみたいです。
5月1日(金)、日々の運動はリハビリというより「ギャルとのランチ(ケーキのデザート付き)とケーキセットでのリハビリ」ができるようにというのが大部分かな。糖尿病になってはできないことだからね。リハビリは適切適度のぼちぼちで訪問リハビリで点検してもらっています。過剰になっている部分もあると思いますが、リハビリ動作としておこなっていることは必要最小限かもね。でも、効果のある動作に絞っています。効果のある回数に絞っています。が、おまけとして徐々にさらなるスマートな体型に向かっています。日本人は集団遺伝学上では糖尿病になりやすい民族なのです。普通の人でも常に糖尿病には注意が必要なのです。まあ、病気一般に対して必要だけどね。あるCMで「人間の免疫はほぼ完成までに生まれてから15年必要」とかがあったのですが、これって「経験」ですよね。感染経験とかが必要ですよね。「除菌」しすぎると、このための「経験」ができなくなるともね。適度な汚さが必要とも思っています。リハビリも適度な動作ですよね。汚すぎるのがよくないのと同様ね。また、清潔すぎるのもどうかというのとね。ぼちぼち適切適度ね。「ギャルとのこの高血糖一直線のリハビリ」を続けられるような運動を続けられるように本当のリハビリにも励みます。続けられるような運動をね。健康維持の運動を全てリハビリ動作にしてしまうと過剰リハビリになる場合もあるので適切適度な組み合わせにしていきます。
5月2日(土)、脳卒中の再生医療についての不届きな考えね。幹細胞利用の再生医療は札幌医科大学で臨床研究としてされているようですね。脳梗塞の方だけで発症後の期間については制限がされていて、確か20日までぐらいに札幌医科大学に転院できる方だったか。どうしてかというと、ボトックス療法適応やそれ以上に痙縮や拘縮にしてしまったのは対象外ですということですよね。脳での再生(幹細胞による新しい接続とか)があったときに動作に出すことのできる患者さんね。筋肉が固まっていない、関節が錆び付いていない患者さんね。それでなくても脳卒中は発症時の衝撃で正常部分も正常に反応しないことがありますからね。私も右視床とその付近?だけでしたが、どうして意識不明になるのかな。このようなのが当初の正常部位へのダメージの一つだと思いました。次が左右の感覚情報の不一致による弊害ね。出まくりましたよ。感覚情報が途絶えたことによる麻痺ね。これは大脳での既存回路を活用することで徐々に活用できた部分が結構あった感じです。感覚が回復していないにもかかわらず動作とかできますからね。ただ、また回復途上ですから精度の高い動作はできませんよ。「動かない」とかいっていて「再生医療開始しましたよ」ということが刺激になって動かせるようになる感覚領域のみの脳卒中患者は結構出てくるのではとあるブログを読んでいて思うのです。札幌医科大学ではこのような患者さんの症例はデータから「再生医療の結果」としては排除していてほしいですが、厚労省の承認なしでもプラセボ的に採血と何かの注射(点滴ね)で使えるかもと思ったりもしています。ただし、診療費は採血の方と何かの注射の分だけね。言葉による「鰯の頭も信心から」的治療ね。脳卒中では案外効果があるのではともね。このためにも札幌医科大がよい成果を上げてほしいですね。それと「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」は絶対に目指そうね。
5月3日(日)、脳卒中での四肢リハビリはどのようにする方がよいのかな。上肢ですと、多くの方が後遺症?だといっている屈曲腕や握々お手々ですね、これは屈筋の方が伸筋より強力だからです。私も当初手は握り傾向でしたよ。以前の投稿のように救急病院でのOTの時に「指を伸ばしたら楽につかめるよ」と教えてもらったのがヒントになって「指伸ばし」と「腕伸ばし」をしたわけですよ。外力を使ってね。指が伸びると曲げることができたのですよ。自力では伸ばせなった当初は外力、健常側の手を使って伸ばしたりね。伸筋優位の状態を無理矢理作り出したのですよ。そうしたら、曲げ伸ばしができるようにね。足は車いす等での姿勢で無理矢理曲げていたということかな。足は伸筋優位ですよ。だから、棒足の方が多いのですよ。尖足はちと別ね。寝ているばかりだと重みで足先が垂れ下がるのですよ。投げ足座りですと尖足の危険性ありかな。後は「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」でリハビリをしていたら、リハビリ病院で「奇跡的回復」といわれるほどの回復をしたようです。でも、リハビリ病院とかで患者同士で話をしていたら「よく頑張ってますね」と思ったこともあったし、逆に「当初ちとしょげすぎでは」と思ったこともね。出だしが大切ですが「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」程度でよいと思いますが、意識としては「脳卒中だけなら適切適度なリハビリを能動的な意識で続けていたら動かせるようになる」ということが必要ではと思います。いつ頃から動かせるかは神の思し召しですけどね。その後も適切適度でね。でないと、神の怒りの懲罰を受けますよ。闇リハとかではね。感覚麻痺関係だけですと結構早く動かせる可能性が高いかもね。でも、神の怒りを買う可能性も大きいので適切適度にね。脳卒中での脳の損傷具合で寿命の方が早い場合もあるかもですが、筋力補助装置等の活用には適切適度なリハビリで筋肉を固めていない状態で関節の可動域が確保されていたら使えるようになっていくと思います。
2015年5月3日日曜日
安倍首相のアメリカでの演説で「痛切な反省」で思うこと
先の大戦についてですよね。「痛切な反省」というのは。でもね、行動が伴っていない印象があるのです。別に首相だけというのではないところが怖いのですけどね。
大戦前夜からの出来事のごまかし具合とかを見てみると、「都合の悪いことは封印」という姿勢が帝国陸軍とかあたりから連綿と続いている感じなのです。
「痛切な反省」をするのでしたら、このような日本的体質をどのようにしたら断ち切ることができ、その成果を子々孫々まで継承させることができるかに取り組んでほしいのです。
報道管制については「大政翼賛会的」な嫌がらせが未だに続いている日本ではと思うのです。その結果、未来が見えなくなってきている感じを受けているのです。
口先だけで反省としかいっていないように思うのです。外面だけを繕っているうちに泥沼にはまってしまった戦争でしたよ。近隣諸国民に多大な辛苦を与え、自国民にも多大な辛苦を与えて、大義名分も潰していった先の大戦。この教訓から何かを導いて未来に役立ててほしいのですが無理みたいです。
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