2025年8月11日月曜日

『おまえらの代わりなんていくらでもいる』といっていた日本軍。

『おまえらの代わりなんていくらでもいる』といっていた日本軍。あの「軍馬は購入費が必要だが兵は1銭5厘の召集令状で集めることができるから安い」というのと同じですね。 このような発想では捕虜に対しても朝鮮や中国等の人々にも同じような態度でこき使ったり、徴用やその他の悪行を平気でおこなっていたのですよ。 インパール作戦ですが、イギリス軍がビルマ(今のミャンマー)に突如侵入し、日本軍に打撃を与えてトンズラしたことがあったようです。それで、インドのインパールを押さえたら、このようなことがなくなるということで始めたようです。 この開始決定の時に東条にも報告があったようでそのとき、東条は「・・は大丈夫か」といくつかの項目を挙げて聞いたと故司馬遼太郎氏の「雑談 『昭和』への道」の中で述べられていました。具体的に質問していないのですね。「大丈夫」なら「どのように具体的に答えていない」のです。 このようなことができるのは『おまえらの代わりなんていくらでもいる』の発想ですね。日本がどうなろうと戦争をするのだという思いだけですよ。 このような連中を拝みにいくのかな。 当時、内閣では陸軍大臣と海軍大臣は現役将官に限るだったのです。アメリカの国防長官は現役軍人ではないですね。なので、内閣がいうことを聞かないとなると大臣を引き上げるという脅しがきいて軍の統制ができなくなってしまってのちの東条内閣です。もう、内閣=参謀といってよいようなことにです。 日本国臣民であった朝鮮半島出身者は敗戦と同時に外国人扱いした日本ね。ブラック企業の従業員切り捨ての原型かな。日本人として広島に連れてこられて被爆したのに援護を全くしなかった日本ね。 この投稿のメールマガジンの申し込みはまぐまぐのページでお願いします。

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