2026年8月23日日曜日

戦況などから撤退ということを全く考えなかった東条内閣や参謀本部の不作為により生まれたのが「残留孤児」

『「残留孤児の日」は、1981年(昭和56年)3月2日に、中国残留日本人孤児47名が肉親探しのために厚生省の招待で初めて公式に来日した日を記念する日です。』がありますね。 8月20日のニュースでこのような日が定められていると知ったのです。 ところで、アメリカや南米にも農業開拓などで移民として行かれた方は多数いますが、「残留孤児」という言い方はほぼ中国だけですね。 多いのが「満蒙開拓団」として中国東北部への農業移住した家族の子供たちです。 農業の農地は南米と違って中国人の農地を安く買いたたいたり、軍が強奪したというのです。 軍は敗戦時に開拓団を置き去りにして引き上げたともね。もっとも、軍も参謀本部から見捨てられていたみたいなものですが・・。 南米は中国と違って未開の土地を開墾して一大産地にしていますね。ここが大きな違いです。 中国では日本へ戻るときに飢餓や疫病、その他で子を中国人に養育を託したりしたというのです。 戦況などから撤退ということを全く考えなかった東条内閣や参謀本部の不作為により生まれたのが「残留孤児」ですよ。それを1972年の国交回復後もちんたらして回復をおこなわなかった政府ね。なので、孤児の初来日、肉親捜しがようやく1981年3月になってしまったのですよ。本当、東条らをよく拝みにいけるものだと思います。千鳥ヶ淵戦没者墓苑のほうに行かれることを希望しますけどね。   この投稿のメールマガジンの申し込みはまぐまぐのページでお願いします。

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