2026年8月15日土曜日
終戦記念日となっていますね。何時を敗戦と考えるかですね。
連合国への宣言受諾通告は8月14日だったそうです。
で、玉音放送が8月15日で戦闘中止は8月16日とも。降伏文書調印は9月2日ですね。韓国とか近隣では8月15日で考えられているようですね。
ところで、エリート官僚が主導して始めた戦争なのに撤退については全く考えられていなかったですね。
織田信長は最初の朝倉責めで浅井長政が朝倉についたということで即撤退で徳川家康と羽柴秀吉がしんがりを務めたとか。退却戦は攻撃より非常に難しいとか。
また、時系列ですね。一応、ミッドウエー海戦である意味勝ち目なしが判ったのでは。サイパン島等陥落でB29による空襲の開始でしたね。
南方の島々で救援(撤退作業)なしと大本営作成の戦陣訓で玉砕の連発でしたね。戦陣訓を作成した参謀は本土でのうのうと生きていたわけですよ。
で、若手とともに徹底抗戦とかね。硫黄島陥落もあれだけ本土に近いのに救援なしでしたね。
沖縄戦では沖縄県人を連れ回しで密告させないように自決させた日本軍。大和派遣とかで救援のそぶりね。
海軍の言い訳の口実としてというのが出てきました。アメリカ海軍の圧倒的航空勢力とかで途中で撃沈されましたね。
太平洋戦争開戦直後に日本航空勢力がイギリスの戦艦と巡洋艦を撃沈して、戦艦から航空母艦への変化を示していましたね。
戦線を拡大するだけ拡大しての敗戦でした。
もっとも、天皇には正しい情報が届いてなし、現憲法同様に天皇には実質的権力はない象徴であったとね。それを憲法違反的に天皇の聖断でポツダム宣言受諾だったかと。
だから、敗戦が遅れたのですよ。満州では8月9日にソ連軍が攻撃開始でしたね。日ソ不可侵条約は日本軍の演習で無効になっていたという話も。ソ連は一応、破棄通告後のようです。
で、悲惨な満州からの撤収にね。満州では中国人蔑視や満蒙開拓団による農民追いだしなどで中国人にもですよ。朝鮮でもね。
大本営の参謀とかは江戸でのうのうと生きていたというのが実情でしょうね。
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