2012年1月28日土曜日

日本における宗教と政府と情報公開

2012年1月21日に朝日新聞のサイトで見つけた記事に「靖国戦犯合祀、国が主導 地方の神社から先行」というのがありました。旧厚生省の内部資料からわかったというのです。
 そこには『戦争犯罪に問われた軍人らの靖国神社への合祀(ごうし)について、旧厚生省が日本の独立回復翌年の1953年に、公的援護制度の拡充などに応じて順を追って無理なく進める』ということがあったのですね。
 これが、事実とすれば重大な問題を含んでいるのですが、世間の反応は「鈍い」の一言に尽きる感じです。
 一つ目は、先の大戦にたるまでの歴史的検証が一切なされないまま、合祀に突き進んでいるということです。以前にたびたび書いていますが、日本では日露戦争においても戦争後の軍編纂の「戦争史」において、作戦上の失敗とか、それを隠すために有利であった状況等が無視されたようで、帝国陸軍の「突撃称賛」の体質に繋がり、司馬遼太郎氏に「元亀天正の織田信長軍の兵器に毛の生えた程度」と言わしめるような兵器でアメリカに戦いを挑むことになりました。
 また、1939年のノモンハン事件ではソビエト軍により死傷率75%以上とかいう史上例を見ない敗北を反省することなく「箝口令」を徹底するだけの軍隊に成り下がっていました。このようなことの繰り返しになる危険性が現在の日本にもあるのです。それは司馬遼太郎氏の「雑談 昭和への道」にあった「自己解剖の勇気」のなさですね。
 ですから、本来は責任のないはずの「日の丸」と「君が代」を悪の象徴みたいにしてしまったままなのが日本ではないでしょうか。天皇陛下に死を覚悟させるようなことをしているのに「自己解剖」をしていない政府官僚やその他の勢力の図太さに大いに問題があるのですが、それにも係わらず、君が代斉唱や日の丸掲揚に対する態度で処分を使用とするのは非常に問題が。ドイツみたいに戦争に対する教育をしてからにしてください。
 二つ目は、宗教と政治の関係ですね。やはり、これでは、「靖国神社」は「国策神社」と考えられても仕方がないですね。例えば、日露戦争で不適切な作戦によってなくなった兵士の遺族対策とかね。これは、第二次世界大戦まで続きました。戦犯も当時の日本の思考パターンではだれが首相とかになっても同じことになっていた気がします。ですから、どうすれは、あのような事態が防げるのかを「自己解剖」すべきをしていないですね。ある意味、戦犯とされた人々も日本の当時の状況の犠牲者とも思うのですが、「自己解剖」(反省)を残された人々がしていないので戦犯のままですよ。
 三つめは、毎度の政府や官僚の二枚舌、これは今も相当続いていますね。まだ、野田首相は正直ですよ。「ないものはない」といって消費税増税とか言い出しましたから。この二枚舌が外交交渉とかも拗らせる原因かも。ただ、外交交渉は下手ですね。下手だというのを「二枚舌」ととられている感じもあります。
 情報公開は期限を設けて、それぞれ期限を過ぎたものは「公開」をするということにすれば、二枚舌は少なくなりますよ。それて、記録があるはずなのに「記録がない」とかいうのは保管義務違反であり、今回の地震の原発事故の対策会議みたいなのは、怠慢しかないですよ。如何に「事後の検証」を日本政府が手を抜いてきたかの証明ですね。ここまで日本が発展してきたのは国民のお陰で政府とかではないということですね。

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