2016年12月14日水曜日

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して)  No225

脳卒中で発症での落ち込み、症状の受容に時間がかかっている方が多いですね。他の病気でもかな。   杖の使い方、持ち方について。   傘兼用杖についてね。この杖は原則杖なし歩行ができる人用ですよね。それも、雨の日にもね。   視床出血での動作不全について。   「神経細胞間のつなぎ替え」での問題点。   「幸せ」て何だろうね。   麻痺手で初めて何かの生活動作をさせた頃の思い出。  12月5日(月)、脳卒中で発症での落ち込み、症状の受容に時間がかかっている方が多いですね。他の病気でもかな。人間ほど複雑でも精密にできているのは他にないですよね。工業製品とかで「長持ち」と「生身の人間の長生き」では比較できないですよね。でもね、考えようによると、これほど、生物がいるのによくここまでそれぞれの種で似たものができていますね。それも、各個体は個別に育ってね。で、アホとかしないで普通に生きていても、遺伝子の仕組みとかで徐々に不都合が出てきますよね。それが、「病気」であったりするのですよね。年齢を重ねるほど病気が増える理由かもね。「癌」なんて、平均寿命の短い国では目立たないですよ。長寿の国ほど目立ちますね。当然、脳卒中や心疾患もね。ですから、病気になって仕舞ったら、悔やむのではなく、適切な治療を受けながら(藪医者に殺されないようにね)、そのときに応じた回復を目指すことですよ。多くの病気で元気な(意味を取り違えないようにね)患者の方が回復が早いですよね。その昔、第二次世界大戦の時のオーストラリアでの捕虜収容所での日本兵の脱走を描いたテレビドラマが放送されていました。脱走を試みる方の日本兵が直前に「勇気」と叫んでいるのを、英語字幕には「クレイジー」とでていました。あちらの映画ね。捕虜収容所から脱走してほぼ殺されたり掴まったはずでした。カウラ事件です。ウィキペディアにありますよ。よりよい情報とかがあればよいのですが、それと、固定観念とかで無謀なことが、思い込みによって病状を悪化させてしまうようですね。この事件の背景には当時の軍部上層部がジュネーブ条約等の捕虜についてとかを教えていなかったことと、日本軍の雰囲気の異様性があったと思います。  12月6日(火)、杖の使い方、持ち方について。私は当初は杖に頼っていましたが、リハビリ病院入院中から、体をまっすぐ立てて自然な形で杖に体重をかけないように意識していました。その結果として、入院途中から「杖とは指示棒」と使えるようになりました。目的外使用の例ね。杖に頼り切っている状態から、如何に上手に脱することができるかということね。本来の人間は杖なしで歩いています。その姿勢に上手に近づいていくことですよ。このためには関節可動域があるということが必要です。そうしていくと杖を持つのに緊張なんてしなくなりますよ。ただ、緊急事態に備えて、杖は持ち歩いています。ある方が「杖をできるだけ遠くにつく」と投稿されていた時期がありました。で、それでは歩行姿勢に問題が生じているのではとね。杖に頼らなくなるほど、杖は適正位置で軽くぶら下げて持つというのになりましたよ。私は時々振り回していますが。これは、腕のストレッチですよ。そうそう、以前の投稿にあるように私は視床出血で意識不明にもなり、左半身完全麻痺程度でした。医師のお告げは「一生、車椅子」という程度でした。特に軽症でもないと思いますが。「楽な外力による関節可動域確保動作」ができるような筋肉、関節、腱の状態の維持の心がけただけですよ。今もね。四肢の動作は関節運動です。お忘れなく。筋力の前に関節です。筋力の前に縮むことのできる弛緩した柔軟な筋肉です。筋力の前にしなやかな腱です。  12月7日(水)、傘兼用杖についてね。この杖は原則杖なし歩行ができる人用ですよね。それも、雨の日にもね。私も持っています。雨の日に愛用しています。どうしてかというと、麻痺腕で傘を持つのが辛いからです。それと、わんこと散歩時は麻痺手でリードを持っています。腕は2本しかないのです。レインコートは着用しません。レインコートの場合は別の問題が出てきそうで避けています。問題はショッピングセンターや美術館やもろもろのところで雨天時は水ポタで入っていくということになりますよね。ショッピングセンターなどでは、ビニールの傘袋が用意されたりしていますね。でもね、ついて歩くと・・。穴が開いて水漏れしたことがあります。その床では滑りやすくなるので気を遣っています。百貨店では差し込むだけで傘袋にいてることのできる装置が設置されているところもありますね。片麻痺の私には便利で助かっています。麻痺腕がもっと回復して傘を楽に持てるようになりたいです。それまでの辛抱です。で、わんことの散歩の時には、健常腕には傘兼用杖、麻痺腕にはリードでいっぱいね。この出で立ちで公園の人口山に登ってくれたりすることがあります。緩斜面から登って急斜面を折りというようなこともね。わんこは四つ足です。初期症状は昨日投稿のようなていどでしたよ。  12月8日(木)、視床出血での動作不全について。「BLUE BACKS   リハビリテーション 新しい生き方を創る医学」上田敏著 株式会社講談社刊で、視床のそばを運動神経系の通り道の内包というところがるので、出血がこの部分に及ぶとか、或いは出血でこの部位の脳圧とかに変化が生じて圧迫されたときとかに動作ができなくなるとありました。確かにそうでしょうが、視床出血の私の感じとしては、「感覚途絶」が動作に大きな影響を与えていると感じています。ラジオ体操的動作ができるのですが、ちと精度の高い生活動作をしようとしたら、非常に動かしづらくなるのです。以前投稿のように動作は「大脳中枢で運動神経に命令を出す→筋収縮が起こる→筋収縮の状況が感覚情報として視床を通って大脳に報告され、中枢で命令の出し直しのために小脳に情報を送る→小脳で判断して視床と通じて大脳中枢に報告される→微調整した命令が出し直される→筋収縮の微調整がおこなわれる→筋収縮の情報が・・」でぐるぐる回りながら動作がおこなわれるのです。ということは、視床が私みたいにダメージを受けると簡単に動作不全となる可能性が高いということです。筋収縮は感覚情報が戻ってくるということで調節されているのですよ。お忘れなく。感覚麻痺でのリハビリが難しい原因でもあるのですよ。感覚が回復してこその回復なのに「動かせる」だけで張り切ってしまってボトックス行きや通り越してしまったりしている方が多数いるようです。  12月9日(金)、「神経細胞間のつなぎ替え」での問題点。適度な刺激がいるというほかに伸長速度の問題もかな。ネットなのですが、研究機関の論文とかを含めて調べた結果、末梢神経での軸索伸長は結構な早さみたいなのですが、中枢神経系では「軸索の伸長」については記載がないというか、「伸びない」みたいなのです。脊髄も中枢神経系なので脊髄損傷が治りにくい原因かもね。脳は中枢なので軸索は伸びないみたいなのですよね。軸索は軸索内の物質輸送の仕組みがあるようなのでが、それでも中枢では伸びないようです。樹状突起は伸びるということですが、樹状突起内の物質輸送についてはまだ調べていません。ところが、「樹状突起の軸索化」というのが脳で起こっているというのです。ただ、根気のいるトレーニングとかでみたいなのですがね。脳卒中感覚麻痺で下手に四肢等で過剰リハビリをすると筋緊張亢進→痙縮→拘縮とたどりやすいですよね。そうすると、樹状突起も伸びなくなるのではとね。ですから、川平法では「関節可動域がある」が必要のようですね。樹状突起と軸索では伝導速度に大きな違いがあります。樹状突起の伸長で神経細胞間のつなぎ替えが起こったにしても脳卒中前の軸索の時とは時間バランスや興奮度に違いが生じるので過敏に反応したりするのでしょうね。ジタバタしないようにね。  12月10日(土)、「幸せ」て何だろうね。ただ、人間は極限状態に置かれると感覚麻痺(脳卒中とかではなく、別の感覚麻痺ね)して「幸せ」の基準が著しく低下することもあるのでできるだけ普通の生活での「幸せ」ね。脳卒中になって、今まで見えていなかったのが判るようになって、「幸せなんだな」とか思えることでしょうか。不可抗力的に不幸?になってからの脱出かもね。どのみち、生きていくことになるのですから、「幸せ」を感じ取れるように生活する方が楽ですよね。私はこの闘病記に人生をかけるというような感じにもなっています。新たな「人生の目標」ですよね。生き甲斐を見つけ出したということですよ。発症前も「関係者を騙してでも手柄を」という意識はなかったです。ですから、冷や飯の時もね。仕事で上手に考えて行動したら、騙すことはないのに関係者の将来より、組織の見栄を優先していましたよ、管理職や同僚の多くは。闘病記で藪医者とかいっているのは良医が少ないからですよ。より良いリハビリのために投稿を続けるということに人生の目標を見つけたみたいな感じもあります。それと、「脳の可塑性」を自身で体験できることにもなれたのですよ。本当によいときにインターネットが楽に使えるようになってくれたと思っています。  12月11日(日)、麻痺手で初めて何かの生活動作をさせた頃の思い出。歯ブラシを洗面台に固定?する重し代わりに使ったかな。関節可動域があるのだから、洗面台に載せられるわけですよね。で、重し代わりにね。そうしたら、練歯磨き粉をつける間ぐらいは何とかおとなしく重し代わりをしてくれていました。チューブのキャップを取るときもだったか。こっちはやたらと怪しいです。はめるのは差し込みの原理で簡単ね。上から押さえつければよいのでね。今もしていますよ。立てることのできるタイプね。徐々に洗面台の麻痺腕を乗せて指の間に歯ブラシをねじ込んだ記憶が・・。しばらくやっていたら、ある程度楽に保持できるようになりましたよ。次が爪切りだったかな。テーブル上に麻痺腕をおいて、指の間に爪切りを入れてね。上体で押しつける感じで切りました。その次がコンタクトレンズ装着時ね。麻痺腕を洗面台において、指の腹側を上向けて、レンズを乗せてね、これだけね。健常手で瞼を開けて顔全体でレンズを求めていっての装着ね。そのうち、麻痺指で瞼を開けれるようになったのですが。上瞼を開けるだけとかでも大活躍ですよ、麻痺指ね。リハビリでリハビリ用の物を掴んでみたりとかしていましたが、なかなかうまくいかないですね。今でも指伸ばしや腕伸ばしは毎日していますよ。上肢は伸ばせてこそですからね。で、ジャム瓶の最初の蓋開けも今はできるようになりましたよ。水とかの入っていない湯飲みとかはもつこともできますが まだ信頼性がないですね。服のボタンやチャックでは健常手の手助け程度ね。麻痺手は結構働いています。「楽な力での関節可動域動作」ができるのでね。はじめから健常者並みなんて思っていなかったですよ。今でもかな。その時々に応じた活用ね。

0 件のコメント: